9.小さな浜に生きる人々の復興を応援しよう

小さな浜_タイトル

■急ピッチで進む復興工事

20113月に突然見舞われたあの東日本大震災からまもなく3年。今は復興工事が急ピッチで進んでいる。仙台から石巻、気仙沼、陸前高田、どこへ行っても連日大型ダンプがひしめくように駆けて砂塵を舞上げている。昭和39年の東京オリンピック前もさぞかしこんな風景だったのではないかと思う位だ。 新住協がある仙台市若林区内でも大型の造成工事が進んでいて、事務局のすぐ東隣にはこれまで田んぼだった土地に1000戸分の住宅地が今冬完成する。いよいよ住宅再建という気運が高まりつつある。 今年の4月段階で、津波で家を失った人たちの11万人6万世帯が応急仮設住宅に住んでいると報じられている。住宅再建が進めば、今までもそうだったが、コンクリートなど一部の資材不足や人手難が厳しさを増すのはむしろこれからと予想されている。

■沿岸漁村の苦悩

しかし、上記は仙台や石巻、気仙沼などでも都市部周辺の話し。人口は少ないが、たとえば同じ石巻市でも旧牡鹿郡や雄勝半島の小さな漁村の見通しは色々な意味で暗い。大半の浜では、移転の土地すら目処が立っていない。高台移転が決定したという石巻市水浜などでは実際の入居は早くて3年後になるという。 するとどういうことが起こるか。もうすでに3年目の仮設住宅暮らし。学校もスーパーも何もなければ子供のいる若夫婦は浜を離れて都市部の学校に行かざるを得ない。その子達がもし仮に戻れても3年後、つまり小学生は中学、幼児は小学生になっているのである。そうなるともう戻れない。ただでさえ高齢化が進む漁村に、高齢者だけが残って、漁業再建に取り組んでいるのが実情だ。 津波に奪われたのは家だけでなく永年蓄積してきた漁業施設一切も海に消えた。これをもう一回設備するには当座の資金が要るのだが後継者のいないその人達が融資を受けて再建に向かうかどうか、経済的にも大きな悩みなのだ。 すでに3割からの人たちが浜を去ったという。将来に希望が見えないとはいえ動かないことには何も進まない。カキやホタテの養殖業再建に懸命に取り組み、何とか元の生活を回復に向けて懸命の毎日なのである。 そんな中で、日々の暮らしの不便さは依然変わっていない。浜には平地がない。その平地に住んでいて津波に全部やられたので、大半の仮設住宅は日も当たらないような山間のわずかな土地に押しやられるように建てられている。当然のことだが日用品を買える店などあるわけがない。私たちが時折訪問すれば笑顔で迎えてくれるが、夜ふと目が覚めたときなど、不安で眠れないと云っている。

■絶望の淵から立ち上がるきっかけになったもの

石巻市月の浦という浜には津波前33戸の家があった。助かったのは一番高台の3だけで、今その浜に住んでいるのはその人達だけである。中の1軒には60半ばのMさん夫婦と86歳と89なる親夫婦が暮らしている。幼児のいる息子夫婦は石巻市内に移転した。津波で奪われた漁業施設を元のように復活させ、船を新たに購入するなら7~8千万円の資金が必要なので一時は完全に再建をあきらめた。年寄り4人、命が助かっただけ幸せと云っていたMさん夫婦も、カキの養殖再開をめざすことになって、今は震災前の1/3規模の回復が見通せるようになったという。そうなれたのも応援してくれる人に会えたからだという。 別な浜のある高齢の女性はこう言っていた。「海の仕事を失った主人はまるで呆けたような目をした毎日でした。私はそれを見るのが辛くてたまりませんでした。それがふとしたことがきっかけで海に行くようになって生気が戻ったのです。   人はどんな境遇になっても一生懸命生きようとする。たとえその先にちゃんとした明かりが見えなくとも、今を生きることで希望が生まれることがある。Mさんたちは、先々がどうなろうと、そこに何の確証がみえなくとも、とにかくと思って今を懸命に生きている。

■野菜を定期的に送って2年半

震災直後、私たち新住協は全国会員から義援米を募り、被災地の会員とその周辺の人々にそれを送り届けた。それが一段落した後、今度は被災地に野菜を送る支援活動に転じた。きっかけは、20114月の地元テレビ。「ここを離れたら生活再建はできない。苦しくとも助け合ってこの浜で暮らす」と涙声で語る場面に心を打たれそこを訪ねたことに始まる。「この人達に食べ物を支援して生活再建を側面から応援しよう」そう思って、日々必要な野菜支援を計画したのである。それが20118月で、あれから2年半、今も交流を継続している。この間、2012年度には新住協から約100万円が予算化され、ピーク時の送付先は9カ所にもなった。その他、鍋釜やタオル、軍手、使い捨てカイロや果物、関東や山形からは年間を通じて組織的に生活用品を送付して貰った。 私たちの活動はごく限られた地域のさらに限られた人にしか届かないが、その人達からは「大きな支え」になったと感謝されている。上述の「ふとしたきっかけ」も「応援してくれる人に会えた」というのも私たちの野菜支援活動のことなのだ。 赤十字へ募金をするのも大きな支援であるが、小さくとも顔が見え、言葉を交わせる支援にも大きな力があると思う。なぜなら、生きる望みを絶たれたような場面でお金は役に立たない。人の温もりを心で感じたとき人は希望をもつ、浜に暮らす人たちに会っているとそう思えてならないからだ。 最後に、そういう僻地の浜に暮らす人々には、たとえば陸前高田とか気仙沼とかの有名被災地と比較したらほんの微々たる支援も届いていないことを付記したい。 そして、この活動をもう少し続けたいと考えているのだが実は困ったことに直面している。(以下に続く)

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さて、その支援活動、当初は2年で仮設住宅を離れられるというので、そこまでと考えていたのですが、現状は2年どころか3年経ってもこの先まだ続くとのこと。この後どうするかを野菜支援者の人とも相談した結果、当面は続けることになりました。それはよかったのですが、困ったことに必要な送料となる資金の底が見え始めたのです。(新住協は2012年度限りの予算で終了) そこで、考えたのですが本のチャリティーによる募金です。勿論直接の募金なら大変ありがたいのですが、それはそれとして、次の2つの方法を掲載させて戴きましたので、皆さんのご協力を期待してお持ちしています。   1.西方里見氏(秋田県能代市西方設計)

 ①最高の断熱 エコ住宅をつくる方法」エクスナレッジ
  定価1500円→1000 (5)

②新刊「プロとして恥をかかないためのゼロエネルギー住宅のつくり方」 エクスナレッジ
  定価2800円 → 2000(10冊限り)
*能代市の西方設計さんにはこのために著書を寄贈して戴きました。

2.募金 11000(郵送) → 事務局長 会沢の個人口座になっています。

謝礼に拙著 写真エッセイ「行き会う1集または2集」を送付させて戴きます。

2口以上の場合→拙著 高断熱住宅を先駆けた工務店物語「私の工務店紀行」を加増(いずれも会沢個人の自費出版)

*募金はするけど本は要らないという人、その旨書き添えて下さい()

 

送り先 〒984-0831 仙台市若林区沖野7-20-11 会沢健二 宛
振り込みの場合 ゆうちょ銀行

連絡先 090-9033-4956 又はメール npo.aizawa@gmail.com

*この後もチャリティーを拡大します。チャリティー品募集します。

 

以上、宜しくお願いします。